(SR PERFECT MANUAL P70-74)


初代開発エンジニア・インタビュー

今明かされる「SR」の真実

25年前の78年3月にデビューしたSRシリーズ。当然、開発はその数年前から行われていたわけで、開発プロジェクトスタートはもう30年近く前の話となる。SR開発のキーマンとも言うべきエンジニアの方々に集まっていただける機会を得て、SRスペシャルショップAAA代表の佐藤剛氏がインタビューした。今まで語られたことのない真のSRの姿が、ここに明かされた。SR。その開発秘話。


佐藤「SRのエンジンというのは、GT50のエンジンに似たところがあるとかねがね思っていたのですが、エンジン開発を担当された大城さんは、GT50のエンジンも手がけていらっしゃったと聞いていますし。実際のところ、いかがだったのでしょうか?」

大城「ヤマハは70年代中頃まで、2サイクルを得意とするメーカーだったのはご存知の通りです。そうした時代の中で、時代的に大排気量の4サイクル車が登場してきていて、ヤマハでもSX-1やTX750といったモデルをリリースしたりしていましたが、やはり中心は2サイクル車でした。そんな状況の中で、TX750を出したのですが、4サイクル車としてまだ課題もありました。そこで、トヨタ2000GTなど、ヤマハでは4サイクルテクノロジーは持っているわけですから、そうした血を注入して、4サイクルエンジンを造ろうと、そういう時期だったんです。SRの開発に着手する直前の社内状況というのは。それで、私はそれまでGT50などの2サイクルエンジンの設計を手がけていましたから、クランクケースといったエンジンの下回りは、2サイクルをベースに考えたのです。ですからご指摘の点はその通りです」

佐藤「排気量から考えると、ベースにしたのはDT500ですか?」

大城「機種名で言うと、SC500というモデルです」

佐藤「SC500? どういう車両だったのでしょうか?」

大城「これは、アメリカ市場向けに開発された2サイクル500cc単気筒のモトクロッサーですね。当時DT系もモトクロサーのバリエーションモデルを持っていましたが、その最上級モデルでした。エンジンにバランサーを内蔵した、機構的にはかなり意欲的なモデルだったのですが、2サイクルとしてはシリンダー容積が大き過ぎて、ピストンの耐久性やエンジン回転数に限界があり、短命に終わったモデルなのであまり知られていないかもしれませんね。クランクケースやトランスミッション周りは、このSC500から考え方などを取ってあります」

佐藤「ヘッド回りはTX750ですか?」

大城「そうですね。試作のプロトタイプは、TX750のシリンダー回りを改造して使ってみました」

佐藤「私は、ヤマハのエンジンの良さはオイルラインだと思うのですが、そうした意味で、SRも良くできていると思うのですが」

大城「TX750は、油温の管理という面で厳しい部分もありました。バランサーがオイルパンの中にあってオイルをかき回すので、そのあたりがどうしても厳しかったですね。それでSRではドライサンプにしているわけですが、このシステムを採用してもオイル回収が遅くて手こずりました。そこで、普通はドライサンプのフィードポンブに対するスカベンジポンプの容量1.2Lくらいにするのですが、これを4倍くらいに大きくしました。これでエンジン下部のオイル吸い込み部付近が負圧になりエンジン内のオイルが落ちやすく、回収がスムーズになったわけです。また、同じ(回収を早くする)目的でギアをできるだけ高いところにレイアウトして、オイルのひっかき回しを避けようと考えました。その結果が、オイル回りのレイアウトになっています」

大城 信昭 氏

SR開発にはエンジン研究の主管として関与。それ以前は、GT50やFX50など2サイクルモデルのエンジン開発を担当。SRXも開発を担当。


奥井 薫 氏

SRの開発では大城氏のアシストを担当。二輪のエンジン開発を10年担当し、その後は自動車関係の開発を行い、現在は船外機を担当している。


林 三智也 氏

SRには車体設計担当として携わる。SRのあと、SR250も担当。その後は、XV400やXV750ピラーゴ、TRXのトラストフレームなどを作る。


佐藤 剛

AAA代表。ヤマハ城西営業所に勤務後、ショップをオープン。SRを用いて多くのカスタム等を手がけ、シングルレースなどでも活躍。独自のスタンスでSRに関わっている。今回はインタビュアーを担当。貴重な話を引き出した。

「SRのエンジンは2サイクルに似たところがあるのでは?」という佐藤氏の問いに「クランクケースなどエンジンの下回りは2サイクルベース」と答える大城氏。新たな事実が明らかにされていく。

佐藤「試作車の排気量はどれくらいだったのでしょう?」

大城「この系列の最初のモデルがオフロードのTT500で、その商品企画の段階では『オフロードの頂点モデル』というだけで、排気量は特に決まっていませんでした。そこで、エンジン重量を抑えるためと、ビッグシングルの適正ボアストローク比のデータがなかったので、先ずはスクエアの84mmx84mmの465ccからスタートしたんです。そのテスト車をアメリカに持っていってオフロードテストとかをしたんですが、とにかく現地の評価ライダーが言うのは『モアパワー』。それでボアをアップして、87mmx84mmというスペックになっていったんです」

佐藤「我々はSRをレースで使って、チューニングしていったんですが、だいたい55、56馬力あたりがバランス的に良かったですね。60馬力になると壊れてしまう、という結果が経験上出ました。でも、60馬力ですからね。これは高品質の証だと思います」

大城「社内的に、4サイクル大排気量もやろうという雰囲気が高まっていく中で出したTX750が、市場からはあまり歓迎されなかったために、評価基準というものがこのころ、それまで以上に厳しくなっていました。より良いものを出すために、そうすることが必要だったんですね。だから、新しいエンジンをしっかり造ろうという、そんな雰囲気があって、環境的には良かったと思います。ちょうどそんなタイミングに、開発スタッフに奥井さんが加わってくれて、戦力アップとなりました」

奥井「とは言っても私はヤマハに入社前、四輪メーカーで2サイクルエンジンを設計していたんです。ですから、4サイクルエンジンは勉強しなければなりませんでした。そういう意味で、社内にトヨタ2000GTを造った人がいたので、ヘッド回りのレイアウトとか、ずいぶん教わったりしました」


SC500の腰下にTX750シリンダー・シリンダーヘッドを改造して造ったプロトモデル。排気量は465ccからスタートした。

佐藤「ボーティングも、2サイクルっぽいですよね」

大城「フレーム形状とかも苦労しましたね。タンクインフレームで、TTはオフロード車だからエンジン最低地上高もできるだけ高くしなければならないので、キャブレターをエンジンに付けると、スペース的にとても厳しいんです。それぞれが干渉しあって、我々としても、四輪レーサーグループのところに行ってレースエンジンを見たりしていますから、ストレートポートがいいのは、見て分かっていました。ですが、モーターサイクルはフレームというのが操縦安定性の上で非常に重要です。操縦安定性を作り出す上で、シリンダーは寝かさないでほしいと言われました。それでいろいろ検討して、出来上がったのが、あのポート形状なんです。エンジンの要求点火時期は27度くらいで、非常に遅いんですが、速くしなくても燃えたんですね。これは、燃費が良いことの証です。バルブのオフセットの関係で寝てるんですけど、それが良かったのかもしれませんね。当時はとにかくヘッド回りのスペースがなくて、VMキャブレターの頭をもう少し低くできないかとか、いろいろ考えました」

佐藤「開発当初のパワーはどれくらいだったのですか?」

大城「1気筒500ccありますからね。45馬力くらいは出ていたと思います。それで、エアクリーナーを付けて、騒音対策をしてとやっていくと、だいたいカタログ値の32馬力くらいになりましたね」

佐藤「400ccモデルの設定というのは、どのあたりのタイミングで出てきた話なんでしょうか?」

大城「たしか400は、フランスの保険制度だか免許制度だかという話から、フランス向けXT400が欲しい、という声が出ました。すでに500はTT500で生産されていましたから、何がいちばん、工場に負担をかけずに造れるかを考えました。お客さんが排気量アップを考えた時、ボアアップという方法を真っ先に考えるのでしょうが、我々がやる時は、ストロークダウンですね。それがいちばん簡単ですから。ボアを変えてしまうと、シリンダーヘッドを変えないといけないし、ピストン、ピストンピン、ガスケットと、みんな変わってしまう。でも、ストローク変更ならばクランクだけで済むわけです。クランクの変更はクランクピン位置とクランクバランスのためのウエブ形状です。XT400があったからSR400のエンジンはすごく簡単でした。まぁでもXT/SR400は、手のかからないエンジンでしたよ。最高出力回転数が、SR500の6500回転に対してSR400は500回転アップの7000回転になっていますが、500で十分にテストしましたから、何も問題が出ませんでしたし」

奥井「私は個人的に、500の方が愛着がありますね。乗っていると400も軽快でいいんですが」

大城「400の方がエンジンもかけやすいし、振動も少ない。ほんとに400は、開発に手がかかりませんでしたね。まぁ、500であれだけ頑張ったんだから、400はスムーズに仕上がるだろう、というのもありましたけどね(笑)。そう言えば、500の27馬力ドイツ向け仕様。あれはよく売れましたね。ドイツは保険制度の関係で、パワーを押さえる必要があったんです。吸気マニフォールドを絞ったのですが、ドイツのユーザーの中には、スタンダードパーツと取り替えてフル馬力仕様で走っていた人も多かったようですね」

「400の方がエンジンはかけやすいし、振動も少ない。500であれだけ頑張ったんだから、400はスムーズに仕上がるだろうというのもありましたね」笑いながら400開発当時を振り返る大城氏

佐藤「500もクランクの仕様が途中で変わりましたよね」

大城「SR500の最初は、クランクウェブの重いものを使っていました。あの仕様の一番のねらいは、低速時の騒音対策でした。でも、クランクが重いので加速がもたつくというユーザーさんからの声がとても多くありまして、戻そうか、ということになりまして変更した、という経緯があります」

佐藤「操縦安定性に関しては、いかがだったんでしょうか? 単気筒のロードモデルという新しいジャンルのバイクなので、開発は大変だったのではないですか?」

「最初はXT500をベースに造り上げて言ったのですが、オフロード車は基本的に軽いし、軽さは最大のメリットで、ハンドリングもいい。ところがSRは重心位置が下がっているし、エンジンの位置も違うしで、あらゆる面が違うわけです。オフロード車はサスペンションのストロークを稼いで、そこでディメンションを決めるわけですが、SRは、タイヤは違うし、すべてが違う」

奥井「そういえば、会社のモトクロスコースでXTに乗って走りをチェックしていたら転倒してしまって、で、バイクを起こしてキックしようとしたんだけど、私は体が小柄で足が届かず、苦労したことがありましたね(笑)」

林「XTからSRを作る、ということになって、フレームのパイプを当初は同じサイズのものを使っていたんですけど、オンロードモデルになると、振動の耐久性などがオフロードモデルよりも厳しいんですね。耐久テストとしては、最大何回転で何時間回すとかをやるんですけど。結果として、XTよりもフレームのパイプは太くなっていきました¥

佐藤「フレームの溶接は、苦労しているのが見て分かりますよね。芸術的ともいえる仕上がりだと思いますよ。SRのフレームのあの溶接は」

「最初のプロト車は、XTのフレームをベースに作ったのですごく軽かったんです。でも、もちませんでした」

大城「それと、冒頭でお話したような社内の状況というのも、また別の話でありました。とにかく耐久テストは徹底してやろうという雰囲気がありました。4サイクル車でSRのバルブ系の設計の参考としたTX750という2気筒スポーツモデルがあって、あれは時代的に求められた車両ということもあり、短期間で開発したんですが、それがネガな要素としていくつか出てきてしまった、ということもありました。その反省で、SRは開発時間をかけられるようになったんです。潤滑系に関しては、特に4サイクルの場合は重要な部分なので、オイルタンクを透明にして作ったりしましたね。そうして、潤滑回りをテストしてみて、実際に目でオイルがどんな働きをしているのか確認しました。今でもエンジン開発をする際に、そこだけは目で確認しますね。そういう意味で、開発を行う原点をSRで培ったと言えると思います」

「私は車体関係の開発に関わるようになって、当時はまだ駆け出しでした。具体的には艤装関係、メーターとかヘッドライトとかですね。そのあたりを担当しました。操縦安定性という点に関して言えば、XTで基本はできていましたからね。車体の開発の後半に、若手中心で決めていった、という記憶があります。そんな中で、振動で各部が壊れるのは悩みました。フロントフェンダー先端部が振動で壊れるからと、ワイヤーを入れてみたり」

佐藤「発表して、かなりの人気を期待しましたか?」

奥井「発売の前年に東京モーターショーが行われたので、そこにSRを持っていって、説明するために私は横に立ってたんです。ども、反響は残念ながら大きくありませんでした。そのときは2サイクルの4気筒モデルが発表になって、そっちは人だかりができていたんですが、SRはまばらでした。ですから、25周年も作り続けるような人気車になるとは、夢にも思いませんでした」

奥井「形が美しいものは残る、というのはあると思うんですよ。そういう意味で、カタチにはずいぶんこだわりましたからね。SRは。エキパイも曲げRをずいぶんいろいろ吟味したり、エンジンカバーも、Rの付け方とか、すごくこだわりました。それが結果として、お客さんに受け入れられた、ということなのでしょうか」

佐藤「デザインに関してお聞きしたいのですが、イメージはなんだったのでしょうか? ダートトラッカーイメージ、というのが一般的に言われていますが」

大城「他メーカーの機種のマネをしよう、という気持ちはまったくありませんでした。SRの開発に着手した当時は、ヤマハができて20年経ち、会社としていろんな経験をして、ヤマハ独自の技術というものが確立してきた頃だったと思います。もちろん、参考にしてインプットしたものはありました。タンクインフレームというもので言えば、BSAビクターというオフロードモデルを買って評価しました。ドゥカティの450のオフロードモデルとか、CCMの600とかも買いましたね。CCMの600は、TT500を作るのにあたってのマシンコンセプトとか、いちばん影響があったと思います。CCMはエンジン重量が43.8kgで車体が57.7kg。電装系が1.15kgのトータル104kgでした。これを測定してみて、丸裸の装備とはいえ思った以上に軽くてびっくりした記憶がありますよ。対して、78年のTT500は、重いマフラーやエアクリーナボックス、バッテリーなどを含み123kg。車重でいくと、BSAビクターが123kg。ドゥカティも同じくらいでした。元々SRは、ベースがXTから来ているので、最初のSRの乗り味はオフ系に振っています。ベースのTT500がいろんなところで使われましたよね。氷上レースとかダートトラックとか。それでSRはダートトラックイメージと言う人もいますが、私の頭の中にははっきり言ってダートライメージ、というのはありませんでした」

SRのデザインイメージはBSAゴールドスターだったというのが真実。一般的に言われるダートトラッカーイメージは開発陣が否定した。GKデザイン研究所の石原氏がすべて一人でデザインしたという。

佐藤「では、イメージはなんだったのでしょうか?」

大城「我々の中にデザインのイメージとしてあったのは、BSAのゴールドスターですね。SRを開発するのにあたって、重役から言われたのは、息の長いモデルを作って欲しい、ということでした。それで、アメリカに行って、バイク好きな人にいろいろと話を聞いたのですが、みんな、好きなバイクという話をすると、口を揃えて言うのがBSAゴールドスターだったんです。そういうこともあって、私の頭の中に『ゴールドスター』というキーワードは、ありました。私はエンジンの開発がメインでしたので、車体全体のデザインには関与していませんでしたが、『ゴールドスター、エンジン出力40馬力』というイメージがありました。TT500でスタートした開発でしたが、いちばん意識したのが『シンプル・コンパクト』ということで、その言葉を追求した延長線上には、ゴールドスターがありましたね。イメージ的に」

佐藤「SRの開発でいちばん大変だったのは、やはり振動ですか?」

大城「そうですね。振動がすべてでした。車体に関してはTT/XTというモデルがあるから、それで大丈夫だという考えが、当初はありました。エンジンも、XTのものがベースで、既にあるものでしたし。ところが実際に開発に入ってみると、XTに対して回転数をわずか500回転上げただけなのに、振動増加が想像以上で、これが車体の耐久性とライダーの乗り心地に関しての大きな問題となりました。高速走行時の振動は、尻へのピリピリ来る刺すような痛みでとても長距離走行できるしろものではありませんでした。その対策はエンジン振動を出す方向の選定と、共振点回避の部品設計、そしてラバーマウントや厚い緩衝材の採用です。単気筒は1次バランサーを付けない限り、ピストン・コンロッド系の振動は取りようがなく、どの方向にその振動を出すと、ハンドルやフットレスト、シートへの振動伝達が減るかを試行錯誤して探ったわけです。クランクバランスというんですが、数種類クランクを試作しトライ・計測しましたが、最も良かったのが80%で、それに決めました。これはエンジン始動の80%をシリンダー方向に出し、20%をその直角方向に出すということです」

「開発は振動対策がすべてといえるほどでした。クランクバランスを取るため、何種類も試作して計測し、結果的に80%をシリンダー方向に、20%を直角方向に出すものとなった」(大城氏)

佐藤「私はアルミのスリーブを作ってSRに入れたりしていますが、このスリーブにするだけで振動はずいぶん変わりますね。エンジンの特性とかはどうやって決めたんですか?」

奥井「エンジン特性はバルブタイミング、吸排気系が大きく影響します。カムのプロフィールに関しては、ロッカーアームを使うタイプなので、ロッカーアームの剛性も考えて、カムプロフィールを決めました。目標のエンジン性能確保のために、カムの作用角はけっこう広めです。バルブ径が大きい、というのも影響があるのですが」

大城「今考えると、広いよね」

奥井「バルブ系の過酷なテストもしました。特にオフロード走行で倒れた時、スロットルを開けたままになったりすると、エンジン回転が上がって、オーバーレプしてしまいますよね。そこで、無負荷状態スロットルを全開にしてエンジンをいじめ、そんな状態でもエンジンが壊れないようにするんです。その状況で何分間もつか、とかですね。それを改良するためにバルブタイミングとかをいじって、ピストンと当たってバルブが壊れて止まらないように設定するんです」

佐藤「CDIは78年から採用されますよね」

大城「あれは、78年からアメリカで排ガス規制が厳しくなるということで、いろいろテストしてみて、それで採用しました。コスト上360°点火を採用したので、排気上死点でも火が飛ぶんです。最初はバックファイヤーを心配しましたが、問題ありませんでしたね」

佐藤「何かの本で見たのですが、5バルブの開発テストをSRベースでやったというのは、本当ですか?」

大城「SRのエンジンって使いやすいんですよ。YICSやリーンバーンの開発は、みなSRのエンジンを使ったと記憶しています。いじりやすいんですよね。単気筒というのは、研究に使いやすいんです」

佐藤「クラッチは信頼性が高いですよね」

大城「とにかく1mmでもエンジン幅を狭くしたいという考えがあったので、フリクションプレートを3mmから2.8mmにして、これはTT500で開発しましたね。単気筒というのは1回転ごとにエンジンの爆発力がトルクとしてかかりますから、クラッチに対する負担はとても大きいんです。それに耐えられるもの、ということで開発しなければならなかったので、要求性能としてはかなり厳しかったですね。1回転ごとのトルク変動時に耐えきれず、開発の段階ではクラッチが焦げたりしました」

佐藤「うちのショップにエンジンのオーバーホールでSRがよく入りますが、この前も6万km走行した400のクラッチは、何でもありませんでした。すごい耐久性ですよね。それと、マフラーについてお聞きしたいのですが、スタンダードマフラー、良くできていますよね」

奥井「性能を出そうと開発していったら、ずいぶん長いものになったんです。ところが、デザインで切られてしまった。単に途中で切っちゃうと、ボリュームが足りないから目標の性能が当然出ないわけです。それで『目標に達していない』と怒られた記憶があります(笑)」

佐藤「チャンバー室が車体の下に付けられていますよね」

大城「マフラー容量を稼ぐのが最大のねらいです」

奥井「バイクを寝かしたときに路面と当たらないとか、車体と干渉しないように作るのはほんとに大変でした。リアのアクスルと干渉するから、その部分はえぐらないといけない、とか。デザイン的に、長いのはダメと言われた。じゃ、どうやってマフラーの容量、ボリュームを稼ごうか悩んだ末の選択が、あのチャンバー室でした」

大城「エンジンは排気脈動があるから、パイプの開放端までの距離とねらいの回転数を決めて、合わせていかなければなりません。ですから、マフラーの容量、ボリュームというのは非常に重要なんですね。さらには、音を消さなければならない。音を効率よく消しながらも、性能は落とさないようにしなければなりません。デュフューザーにしても、大気開放型の方がパワーは出るのですが、音的には厳しくなりますからね」

奥井「開発がXTからSRに移植したとき、マフラーが長い距離走ると、色が変わる、という問題があったりして。開発の半分くらいは、マフラーの問題をやっていた気がします。マウントもゴムマウントにしてみたり」

佐藤「そうした苦労の結果、ユーザーに評価されて25年間生産され続けるという、ロングセラーモデルになったわけですね」

大城「逆に言うと、基本設計が25年以上前のモデルですから、ある意味、製造屋泣かせになっています。現在の工作機械を使って製作するのは考えていませんから。未だにある部分に関しては、職人さんの腕に頼ってる部分があるみたいですね。そういう意味では、他の機種以上に手のかかるモデルです。ユーザーの支持がなくなれば、その先は難しいのが現状だと思います」

佐藤「そうですね。ぜひ30周年を迎えさせてあげたいですね。本日はありがとうございました」

2012年4月1日| This post is in:  SR PERFECT MANUAL
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